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五輪書

.05 2011 comment(0) trackback(0)
今お借りしている本「五輪書」
剣豪、宮本武蔵が1645年頃に著した、所謂”武士道”、兵法、についての書。

やはり一流の人間が考えること、生きて来た人生、というのはどんなことにも通じるものなのかもしれない。

どの文章も深く心に入り込んで来るのだけど、中でも印象深かったもの。


拍子のこと。

「物事につき、拍子はあるものなれども、とりわき兵法の拍子、鍛錬なくては及がたき所也。
兵法の拍子において様々あること也。先あふ拍子をしつて、ちがふ拍子をわきまへ、大小遅速の拍子の中にも、あたる拍子をしり、間の拍子をしり、背く拍子をしる事、兵法の専也。」(地の巻)

誰にでも、何にでもリズムがあり、リズムを乱せば勝利も成功もない。
我々の一生にもリズムがあり、栄達するときがあれば、落胆するときもあり、思いのままになることがあれば、つまずくこともある。
仕事、スポーツ、創作、遊び、すべてにリズムがある。
緩急、遅速、大小、長短と様々であるが、呼吸、気合い、間合い、タイミング、これすべてリズムである。


水のごとし。

「兵法二天一流の心、水を本として、利方の法をおこなふによつて水の巻として、一流の太刀筋、此書に書顕すもの也。」(水の巻)

基本とは「自分を鍛えること」に他ならない。
心もからだも基本は「水のごとし」を理想とする。
流れる水のように自然に、柔軟に、流動性、応用性を心がけ、無理も無駄も無い精神と行動である。
水には形が無く、グラスに入ればグラスの形となり、湯船に満たせば湯船の形となる。
一滴も水、大河大海もまた水。
細くも太くも、浅くも深くもなる。
急流激流にもなり、留まることもできる。
冷やせば氷となり、熱すれば湯となり水蒸気にもなる。
心身を水とすれば何にでも対応でき、これほど強いことはない。
だが、水が自然の摂理の懐にあるように、人にも確かな原理原則がなければ流されてしまう。
確固たる原理原則を何から身につけるか。
何もなくしては、心身が水の強さをもつことはできないのである。


(「五輪書」 次呂久英樹・高野耕一 文/藤森武 写真/ピエ・ブックス)



水の応用性、柔軟性、とは…
自然な在り方。
究極…でも目指すものとしては最高だと思う。






過去の記事に拍手下さった方々、ありがとうございました!!
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