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久々

.10 2011 雑記 comment(0) trackback(0)
お久しぶりです。
久々に文化圏に居ます。

これまでずっとTV無しではやってきたものの、ネット無しは初めて…いや高校のとき以来か。
高校生のときは、携帯電話も持ってはいけなくて…でもそれで三年過ごせたんだからなぁ。

とにかく昭和の生活を送っていました。
ネット社会の今、インターネットで調べ物などが出来ないのは少々厳しかった。
でも文化圏にいられるのも一週間だけ…


TVも無くパソコンも無く、では時間のあるときに何をしていたかと言うと、本を読んでいました。
森茉莉を再度読み漁って、ムック本みたいなのも読んで、頭の中が茉莉さんでいっぱい。
そうしたら、夢の中に鴎外が出て来たw
お父さんw
あの有名過ぎる顔写真くらいの知識しかないというのに、わざわざ私の夢に出てくるなんて…余程娘のことが気になったのだろうか、「お茉莉のことをずっと考えていてくれてありがとう」って感じだったのかなw


あと、澁澤龍彦のエッセイ「夢のある部屋」で、なかなか面白い箇所を幾つか見つけた。

「作家の稲垣足穂さんのような人の意見では、女性の美しさというものは、すべて例外なく「美少年的なもの」であって、天使的・中性的な女性こそ、もっとも美しいということになる。なるほど、そう言われてみると、イサドラ・ダンカンとかサラ・ベルナールとか、グレタ・ガルボなどといった、ミステリアスな女性の代表ともいうべき人たちの美貌には、どこか男性的な要素が加わっているような気がしないでもない。」

――― ”ミステリアスな女性について”より


「男が女装したいという願望、また女が男装したいという願望は、西洋でも日本でも大昔からあったもののようである。心理学では、このような傾向をトランスヴェスティズム(衣裳交換)またはエオニズムと呼んでいる。」

「ハヴェロック・エリスによれば、「エオニストとは、讃美の対象を模倣し、それに同化しようとする審美的属性が極端にあらわれている。人間が自分の愛するひとと一つになろうとするのは、正常なことである」と。エオニストは、男でも女でも、知能の点では水準以上であり、芸術家とか文筆家とか、その他で名声を勝ちうるひとが多いらしい。美的センスがずば抜けて高いところに、その特徴がある。いわば審美的エリートなのである。」

――― ”衣裳交換について”より

審美的エリート、って何だか素敵。
そして今は室生犀星の「女ひと」を読んでいます。
これもまた素敵。
何か最近、女性もしくは男性について考えているのです。
グレタ・ガルボもそうだけど、昔の映画女優さんは本当に美しい。
オードリー・ヘップバーンも物凄く魅力的。
でも「麗しのサブリナ」はハンフリー・ボガート扮するライナスに目が行ってしまう…
ダンディ過ぎ!
渋くて紳士で格好良すぎ。
葉巻似合いすぎ。

…閑話休題。

で、この間たまたまTVで見ることが出来た、BSの番組で坂東玉三郎がグレタ・ガルボについて語っていて、その中にも印象的な言葉があって。
「男と女、父性と母性、のどちらにも属せない哀しさが彼女のミステリアスにつながる」
「自分自身が女であることを構築して女でいるということ」
これがまた、究極の女形である玉三郎とリンクする。
”女であることを構築する”って、凄い言葉だと思って。
女性性を自らプロデュースする、ということ。
これについては考えがいがある、というか凄く引っ掛かる。

で、そうしていたら澁澤さんの著作でも同じようなことが出て来たので、あ、またこれ、と思って。
よく考えていることが、蜘蛛の巣にかかるみたいに集まってくることって、たまにあるんだけど、今まさにその状況らしい。

アンドロギュノス的存在。
でもそれって、やっぱり人間として、そして生物として、究極の状態なのではないかと思う。
古来から両性具有への憧憬は各地であったらしいし。
そしてそれは、現在にも続いている。
既出のガルボ、玉三郎もそうだし、美輪明宏、そしてときに女装して踊った大野一雄、身近なところだとMana様(!)、オスカル!…

これ、考え始めると物凄い多方向にリンクしていきそう。
ということで、とりあえず、今日は寝ます。




過去記事に拍手下さった方、ありがとうございました!!
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