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「山猫」

.16 2011 雑記 comment(0) trackback(0)
ガレットが美味しいお店を2つくらい発見。
以前も吉祥寺のうさぎ館とか凄く好きで良く行っていたけど、こっちでも見つけられて嬉しい!
そば粉のガレットは本当にいつ食べても美味しい。大好き。
でもその話をしたときに、たまたま周りに居た八人が八人ともガレットのことを知らなかったのには驚いたけど。

2011042517290000.jpg


先日、ヴィスコンティの映画「山猫」を見た。
指定映画館で行われている、「午前十時の映画祭」ってやつの上映目録の中にあったの!
過去の名作を、一週間交代で毎朝十時から上映するという素敵な企画。


ヴィスコンティはやはり素晴らしかった…
三時間の大作。
冒頭のシーン、山をバックにしたイタリア貴族の邸宅とその庭、そしてあの音楽だけで何故か泣けてしまうという…!(そんなの私くらいかもしれないけど;)
アラン・ドロンが大変若々しくて青々しくて良かった。
森茉莉の小説に出てくる青年達を思い出した…茉莉さん、アラン・ドロン好きみたいだったものね。
しかし主演のバート・ランカスターの渋さが!
かなり素敵な公爵様でした。
あの表情と雰囲気だけで全てを語ってしまうような存在感。
男は目と背中で語るんだよな。
そしてとにかく豪華絢爛なセット。
あの時代の貴族の贅沢というものは、今現代の自分には到底想像もつかないようなものなのではないかと思った。
撮影は、照明を使わず全て自然光だけで行われたそうで、だからラストの舞踏会シーンでもかなりの数の燭台、蝋燭が焚かれている。
その舞踏会の客役のエキストラには、本物のイタリア貴族の末裔が結構混ざっているらしい!
だからあの雰囲気が出るのかしら…まぁヴィスコンティ自身が貴族様だしね。
1964年公開と思えない、ずっと色褪せぬ美しさ。
そして人間の世の儚さ、のようなものを同時に感じた。








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続・透明感

.02 2011 独り言 comment(0) trackback(0)
ここのところ、ずっと想っている”透明感”
人間でも、そういう透明な人がいると感じている。
透明であるから存在感が希薄なのかというと、そうではなくてだからこその唯一無二の絶対の世界に生きる人達。


まず真っ先に思い浮かぶのが、山口小夜子さん。
彼女の2002年頃のインタビューを見ると、出てくるキーワードはやはり透明感。
エネルギーの原動力は?と訊かれて、おいしいお水を飲む事、と答えている。
「人間の身体の70%はお水でできているでしょ?だからおいしいお水を飲むと元気になる」と。
そして大切なものとして、水晶の玉を取り出す小夜子さん。
「何でこれがいいと思うかというとね、濁りが全くないでしょ?」
「心とかは私もすぐ濁りそうになってしまうけれど、この濁りのない透明なものを見ていると、私の心まで浄化されるような気がするの」
彼女が求めているものと同化するかのように、水のように水晶のように純粋な透明感を持った人。
そしてまた、「自分というものを無くす、何か意図的なことを排除する、それが一番本質に触れることなのではないかと思う」と語っている。
この言葉は深い。
自分、自分、オリジナリティ、と繰り返され強要され、何が自分だったのかもわからなくなるような今の世の中で、この言葉は深く沁み入る。

彼女の透明さの謎を解く鍵にもなっているような気がする。



他にも透明な人というと、今すぐに思い浮かぶのは大野一雄さん、ピナ・バウシュ、DEAD CAN DANCEのリサ・ジェラルド…
まだまだいると思う。

でも今ふと思ったけど、そもそも”透明感”って何なのかしら…?
語句自体もリピートしすぎてよくわからなくなってきた…


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