スポンサーサイト

.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大手拓次詩集

.03 2012 comment(0) trackback(0)
三月に入りました。

2012021615060001_convert_20120303182937.jpg

花屋さんの店頭を眺めるのが好きです。
特に好きなのはアネモネ、ラナンキュラス、クリスマスローズ、菫、ヒヤシンス。
花や植物は好きだけれど、育てることはできないので専ら観賞専門。




妹から最近勧められた本 「大手拓次詩集」

大手拓次  1887(明治20)年生まれ、1934(昭和9)年没。
この詩人のことは初めて知ったのだけれど、目次を見た瞬間に気に入りました。

「華奢な秘密」「ふし眼の美貌」「円柱の主人」「くちなし色の散歩馬車」「砂人形」「走る宮殿」「青い異形の果物」
「ベルガモツトの香料」「月下香の香料」「白薔薇の香料」「ちりぎはのばらの香」…

ボードレールやヴェルレーヌなどのフランス象徴詩に影響を受けたそうで、その世界は余りにも幻想的。
繰り返されるテーマ、「香料」と「薔薇」のように濃厚な香気が漂う。

著者はかなり寡黙で、内向的で孤独を好む性格だったとか。
周囲との交際をほとんどせず、詩人仲間との付き合いも余りなかったそうで、そのせいもあってか、死後に北原白秋とか萩原朔太郎とかに「眼は碧い洋種の詩人」だとか「仏蘭西語以外の書物を読まなかった」だとか、散々勝手な(?)伝説を作り上げられた…というエピソードがあったり。

でも、ことの正誤はさておいても、そんな風な印象を持つのにも納得するというか、全く違和感が無い。
それほどにも夢幻の美の香りを持った詩だと思う。


 「香料の顔寄せ」

 とびたつヒヤシンスの香料、
 おもくしづみゆく白ばらの香料、
 うづをまくシネラリヤのくさった香料、
 夜のやみのなかにたちはだかる月下香の香料、
 身にしみじみと思ひにふける伊太利の黒百合の香料、
 はなやかに着物をぬぎすてるリラの香料、
 泉のやうに涙をふりおとしてひざまづくチユウリツプの香料、
 年の若さに遍路の旅にたちまよふアマリリスの香料、
 友もなくひとりびとりに恋にやせるアカシヤの香料、
 記憶をおしのけて白いまぼろしの家をつくる糸杉の香料、
 やさしい肌をほのめかして人の心をときめかす鈴蘭の香料。





優しくて繊細な言葉の選び方、並べ方。
ロマンチストだとか耽美派だとか言ってしまえばそれまでだけども、この感覚的な世界。
…春の夕暮れの夢の如し。








前の記事に拍手下さった方々、どうもありがとうございました!!





スポンサーサイト

屍鬼

.15 2011 comment(0) trackback(0)
先程読み終えました、小野不由美「屍鬼」。

凄いボリュームだった...文庫で全五巻、2500ページ余り。
しかしそれほどの量でありながらも、何故か読み進める手を止めることが出来ず、読んでいる間は何も手につかず、只々ひたすらにそわそわし、ザワザワし、起こっていることを少しでも知るために、何が何でも続きを知らねばならないという衝動に駆られる...

そんな意味でも恐ろしい作品でした、本当に。
何というか、ただのホラーとかサスペンスとか、そういう括りで片付けるには余りにも突出しているというか、色々な要素を含んでいるし、そして色々なことを考えさせる。
考えずにはいられないほど。

人が信じるものというのは一体何なのだろうか。
それは果たして他人も信じているものなのだろうか。
そして自分しか信じていないものなどは信ずるに値するものなのだろうか。

自分が信じているものを否定されたとき、また明らかに自らと異なる事象が表出したとき、人はどういった思考をし、どんな行動を取るのだろうか。
そしてそんな分かり合えない他人にも認められたいという衝動、好かれたい、褒められたいという衝動というのはどんなものなのだろうか。


宗教的な思考にも繋がりそうなのだけど。
静信の思うところはわからなくもない、がこれはやはり異端の考えなのかもしれない。
理解するのはとても難しい...
しかしカインとアベルになぞらえつつ、また静信の手によるものとする挿入話によって何がしかのヒントとリンク先を与えつつ展開していく、という物語の進行方法には本当に敬服致します。

前記事でも散々書いているような気もするけれど、本当に凄い。小野不由美さん。


で、静信はかなり難しい役どころだと思うけれど、敏夫はやっぱり良いよねw
十二国記の後だからか、延王尚隆をやたらと彷彿とさせ、それがまた良い。
最後も特に明記されてはいないけれど、彼は白衣姿で紫煙を燻らせながら、過去という超級の重荷を背負いつつ生きていてくれるような気がします。



この絶対的な異端の存在、というのが重要な役割を占めているように思う。
異質なるもの、この社会にどうやっても交わることの出来ない孤高にして異形の存在。
それって何なんだろうな。



とにかく凄かった。
ちょっと漫画も見てみたい気もする。アニメも。
でも本当に凄い、これを書くのに一体どれだけの労力、というか精神力を費やしただろうかと思うと...
改めて頭が下がります。






前記事に拍手下さった方々、ありがとうございました!!


Twelve Kingdoms

.11 2011 comment(0) trackback(0)
気づいたら九月も終わって十月も半ば近く。
どうしたものか。


最近、小野不由美の「十二国記」シリーズを読んだのだけど、とても面白かった。
勧められた当初は、ライトノベルなんて読むの7・8年振りだ…なんて思っていたけれど、読み始めてみるとこれがもう。物凄い。
壮大かつ緻密、完成度が高く構成もかなり考えられている。
完全な貫かれた世界観。一人一人が魅力的で活き活きとした登場人物達。

一つの異世界を創り出し、その興亡の様を描き切るという点で、指輪物語にも匹敵する超大作だと思いました。
トールキンは凄い。言語まで作ってしまったし。
でも小野不由美もかなり凄いと思う。
巧妙に張り巡らされた伏線とか。
その一つ一つが他の事象や人々に様々な関わり方をしてくる。
そして、いつしか全体でもって何処かへ向かっている、そんな感じ。
そう、まだ完結していないのがね…
心から新刊を望みます。この世界の結末をどんな風に迎えるのか、どんな形で答えを見せてくれるのか、本当に楽しみにしています。

何が凄いって、シリーズそのものが書かれる前の91年に出版された小説「魔性の子」の時点で、後々に通ずる物のかなりの部分が既に出来上がっている、ということに驚いた。
これを書いたときに、どれぐらいのことが考えられていたんだろうか…
只者ではない。



小野不由美さんって、「屍鬼」の人だったのね。
「屍鬼」は当然ながらアニメの噂は知っていて(前期OPと後期EDがBUCK-TICK、後期OPがKanon×Kanonじゃ知らないはずが無い)気にはなっていて。
でも小説がまず面白そうなので、これから読んでみるところ。



景麒良い。
常に景麒には「主上!」って言って憮然として溜息ついていて欲しい…もうそれだけで満足w
あと泰麒にはかなり注目しています。
本当に新刊出て欲しい。

「ガラスの仮面」と「チェーザレ」に続く、第三の「どうかお願いだから結末が見届けられますように…」的なものが出来てしまった。
あぁ「チェーザレ」も心配…
考えてみたら、作者の名前が両方とも「ふゆみ」であるという謎の一致。




五輪書

.05 2011 comment(0) trackback(0)
今お借りしている本「五輪書」
剣豪、宮本武蔵が1645年頃に著した、所謂”武士道”、兵法、についての書。

やはり一流の人間が考えること、生きて来た人生、というのはどんなことにも通じるものなのかもしれない。

どの文章も深く心に入り込んで来るのだけど、中でも印象深かったもの。


拍子のこと。

「物事につき、拍子はあるものなれども、とりわき兵法の拍子、鍛錬なくては及がたき所也。
兵法の拍子において様々あること也。先あふ拍子をしつて、ちがふ拍子をわきまへ、大小遅速の拍子の中にも、あたる拍子をしり、間の拍子をしり、背く拍子をしる事、兵法の専也。」(地の巻)

誰にでも、何にでもリズムがあり、リズムを乱せば勝利も成功もない。
我々の一生にもリズムがあり、栄達するときがあれば、落胆するときもあり、思いのままになることがあれば、つまずくこともある。
仕事、スポーツ、創作、遊び、すべてにリズムがある。
緩急、遅速、大小、長短と様々であるが、呼吸、気合い、間合い、タイミング、これすべてリズムである。


水のごとし。

「兵法二天一流の心、水を本として、利方の法をおこなふによつて水の巻として、一流の太刀筋、此書に書顕すもの也。」(水の巻)

基本とは「自分を鍛えること」に他ならない。
心もからだも基本は「水のごとし」を理想とする。
流れる水のように自然に、柔軟に、流動性、応用性を心がけ、無理も無駄も無い精神と行動である。
水には形が無く、グラスに入ればグラスの形となり、湯船に満たせば湯船の形となる。
一滴も水、大河大海もまた水。
細くも太くも、浅くも深くもなる。
急流激流にもなり、留まることもできる。
冷やせば氷となり、熱すれば湯となり水蒸気にもなる。
心身を水とすれば何にでも対応でき、これほど強いことはない。
だが、水が自然の摂理の懐にあるように、人にも確かな原理原則がなければ流されてしまう。
確固たる原理原則を何から身につけるか。
何もなくしては、心身が水の強さをもつことはできないのである。


(「五輪書」 次呂久英樹・高野耕一 文/藤森武 写真/ピエ・ブックス)



水の応用性、柔軟性、とは…
自然な在り方。
究極…でも目指すものとしては最高だと思う。






過去の記事に拍手下さった方々、ありがとうございました!!

言語魔術

.22 2010 comment(0) trackback(0)
2010111902230000_convert_20101122220239.jpg



ここのところ、すっかり中井英夫の虜。
二作目の「悪夢の骨牌」も発見した。これは泉鏡花文学賞を受賞しているのだそう。
二作目は少しSFチックなテイストもあってまた面白い!
 


「決闘・金狼・愛餐・緑盲・幻日・袋小路・紫水晶・歪景鏡・贋法王・挽歌集・首天使・三角帆・宝石箱・帰休兵・火喰鳥・花火師・水蛇類・送風塔・冷水瓶・小林檎・逃亡兵・人像柱・水飼い場・聖木曜日・耳付の壺・神怒宣告・囚人名簿・女曲馬師・舌ひらめ・放浪楽人・夜見の司・草売り女・二人椅子・表情喪失症・とらんぷ屋・埃及の舞姫・西班牙の法官・ボンボン容器・貴族制反対者・土耳古スリッパ・仏蘭西の古金貨・露西亜の四輪馬車等々々……」       (「幻想博物館」牧神の春)


「地上での探索に疲れ、ここに来てもまだ捜し続けなければならぬとは因果なことだが、それほどにこの館は広くいくつもの棟にわかれ、間を埋め尽くしているのは黒い森であり陰鬱な下生えの繁った庭園である。それらは地表のように明確な物の象があるわけではないが、おおよそは古びた中世の城館を思ってもらえばよい。アルローブを設けた長い廊下や突当りごとの大鏡と燭台。それらは近づくにつれてゆらめきそのまま影の炎となって実体を伴わない。」       (「悪夢の骨牌」アケロンの流れの果てに)


美しい言葉…美しい文章。
「ことばの錬金術師」の名にも大いに頷いてしまう。



今日見つけた、オーロラと月のカード。
色が綺麗。

2010112220480000.jpg




前回の記事に拍手を下さった方、ありがとうございました!!

 HOME 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。